あらすじ

 文化大革命期の中国で、ある女性科学者が宇宙へ送った信号が、不安定な三つの恒星を持つ文明に届く。
やがて、彼ら三体文明は地球への侵攻を決断。その後、地球上で不可解な物理現象や科学者の自殺事件が相次ぎ、科学の基盤が揺らぎ始める。人類は見えない干渉と内部の分断に直面しながら、迫り来る異星文明への対応を迫られる——。

地球の技術進歩の妨害

 地球の侵略を企てる三体文明。しかし、太陽系と彼らの星系は4光年もの距離で隔てられていた。
地球文明を遥かに凌駕する科学技術を持つ彼らでさえ、この広大な星の海を渡ることは困難を極めた。
加えて、彼らの侵略艦隊が太陽系に到達するまでの数百年は、地球人に彼らと伍するだけの力を与えるには十分すぎるほどの時間だった。

 これを解決するために三体人は知性を持つ陽子を太陽系に向けて投射します。この陽子は量子レベルで振舞い、素粒子実験に直接介入することで、科学の根幹である「再現可能性」と「検証可能性」を失わせることに成功しました。これによって地球の基礎科学は停滞し、科学者たちに研究を放棄させ、自殺者さえ出してしまうのでした。

この陽子を元に製造された妨害装置「智子」を製造する過程は、粒子を元にしたとは思えないほどの規模感で描写され、地球との技術力の差を改めて認識できます。光速で動くことができ、あらゆる場所で同時に地球の科学者の実験を妨害できる...人類は技術力や武力という正攻法を放棄することを余儀なくされます。まさに究極のスパイ兵器である智子ですが、弱点もあります。それは人の思考は読めない点です。
 この智子の制約こそが、この小説の骨子だと思います。なぜなら、三体人のある特性とも深く関わってくるからです。

三体人は嘘をつけない

 三体人の特性として思考と発話(情報伝達)が分離していない点が印象的です。
つまり、思考内容が即座に伝播するため、別の意図を装うという概念すら存在しない。
入力と出力の間にタイムラグがないのです。この特性を利用することにより、かつて三体文明は人海戦術によって論理演算回路を作り出し、人力コンピュータによって不安定な三つの恒星の軌道を予測しようとしていたことが物語上で示唆されています。

ドラマ「三体」(Netflixより)

 三体文明は徹底的な合理主義を基盤にした全体主義社会です。
道徳より生存、交渉より確率、勇敢さより確実性。
三体人のこれらの性質は、彼らの主星の過酷な環境に起因しています。
また、彼らの文明は興亡を繰り返し、その進化の過程で”脱水”という特性を獲得しました。この脱水は乾燥させて仮死状態にすることで、折り畳むなどして貯蔵しておけるようです。
これにより、致命的な恒星の動きによる災厄を乗り越えた後、再水和によって復活することが可能でした。

 三体人のすべてが感情のない冷徹な合理主義者というわけではないようです。
実際、初めて地球からの信号を受信したとある個体は、地球の温暖で安定した環境を夢想します。それは一時の安息でしたが、次第に自身の悲惨な境遇を浮き彫りにし、自身の種や文明に絶望します。そして、地球を救うために太陽系の座標を特定されないように「応答するな!」と地球に対し返答しています。
 彼の行動は三体人全体からしたら悪です。なぜなら、三体人の社会では生存がすべてに優先されるからです。個人の感情的逸脱によって、安定した恒星系の惑星を手にする機会を失いかねません。しかし、彼は自身が夢想した地球という楽園を救うことを選んだのです。この善意が両文明を運命を決定づけてしまうのでした。

そもそも三体とは

ピタゴラス三体問題の数値解。(wikipediaより)

 小説のタイトルでもある「三体」とは、三体問題という
3つの質点がお互いに重力で引き合うと、未来の動きを正確に予測できなくなる問題からきています。
上記の三体人の項で述べた通り、三体人の主星のある恒星では、3つの太陽が予測不可能な動きをするため、三体人の文明は興亡を繰り返し、そのために歪かつ異様な種族的特性と社会を生んだのでした。
 物語上では登場人物達がVRゲーム上で、歴史上の登場人物に扮して、この問題の解決に挑戦します。
これは、科学者たち知的水準が高い人々に三体人の歴史を追体験させる意図があったようです。

このゲームを用いた追体験によって、三体人に共感した地球人を協力者に仕立て上げるという策略でした。
(嘘や欺瞞とは無縁の三体人が考えたのではなく、人類の協力者による発案です。)
 また、人類の協力者の中には、より過激で人類の破滅を願うほどの怨嗟を同じ人類に向ける派閥が登場します。彼らは人類の不合理な行いに絶望した環境活動家や、紛争の解決を望んでいた平和主義者でした。
そんな彼らからしたら、合理的で欺瞞のない三体文明はまさに救世主だったのでしょう。そんな彼らの存在は、地球へ警告を発した三体人と重なります。善意から自身の文明を裏切ったのです。

―総評― 善悪はあくまで同一文明内のルール

 この小説は中国の『文化大革命』から幕を開ける。この暴動こそが、この物語の主題だと思う。暴走した少年少女が、扇動されるがままに紅衛兵として知識人を弾圧しました。これが結果的に人類に失望する人物を生み出し、地球の存在を三体文明に知らせることになりました。

 人類を裏切ることを決意したこの人物は、弾圧に加担した少年少女を恨んだから人類を裏切ったわけではないと思う。もし恨んだものがあるとすれば...物語の登場人物の言葉を借りるなら「歴史」かもしれない。
なぜなら、紅衛兵にとって、その行動には善意はもちろん、悪意もなかったから。
個人にとって、大きな歴史の流れの中では、起こった結果だけが全てだから。

それが、善悪の辞書が共有されていない他の文明なら尚のこと。

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